カード概要
キーワード
節度、中庸
カードの説明
羽の生えた天使のような人物が杯から杯に水を流している絵です。マルセイユ版とウェイト版で絵柄はそこまで変化がありませんが、ウェイト版では足元に水が、背景には道と山とアイリスと太陽が描かれています。置かれている状況としては「星」のカードに少し似ていますが、彼(?)の額に描かれているのは天文記号の「太陽」のマークです。
さて、このカードの何が難しいかというと「節制」というこの言葉の意味ではないでしょうか。
「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水に、っていうでしょう?」
この節制というほかではあまり使わない日本語は、「temperance」という言葉に付けられた端的な日本語訳です。
辞書で「temperance」という語を調べると、
temperance
名:U:1(やや古)(信教上の理由による)禁酒
2(かたく)節制、自制、度がすぎないこと
三省堂「ウィズダム英和辞典」第3版
とあります。なんだか自律的に節度を保つことなのかな?ぐらいにしかよくわかりません。申し越し掘り下げてみると、「temperance」とは「temperate」の名詞形であることがわかります。そこでtemperateを調べてみると
temperate
【語源は「抑制した」「程良く混ぜられた」を意味するラテン語】
形:1温暖な、穏やかな 2(人や態度が)節度のある、自制した、温厚な、禁酒の
三省堂「ウィズダム英和辞典」第3版及び、weblio辞典
とあり、温度(=temperature)なども、ここから派生した語であることがわかります。つまり、このtemperanceの節度とは、物事の穏やかなバランスを意味しています。
さて、「吊るされた男」「死神」という「人称的」カードに続いて突如現れたこの「節制」という「概念的」なカードですが、タロットには、他にも「力」「審判」のような概念的なカードが存在します。これらのカードはタロットカードが成立した16世紀ごろの教訓的なものや、美徳とされたものが反映されています。「力」は理性によって、自らの「獣性」と向き合い、手なづける美徳を描いていました。「節制」で伝えられる美徳とはどのようなものなのでしょうか?
「怒りも、憎しみも、悲しみも、悪い感情なんてありはしないの。全ては程度の問題よ。」
ニーチェは、「キリスト教は俗化したギリシャ哲学である」と批判しました。彼の批判が正鵠かどうかはわかりませんが、ギリシャ哲学よりも後に成立したキリスト教が、イスラム圏を通してルネサンス時代に「再発見」されたギリシャ哲学に影響を受けたことは間違いありません。
アリストテレスは「二コマコス倫理学」の中で、「中庸」こそが徳であると説明しました。アーサー・ウェイトはこの節制のキーワードに「中庸」を含めています。一般的に美徳とされることでも、度が過ぎれば害を成します。例えば、「女帝」のような母性愛は子供の成長に取って不可欠なものですが、行き過ぎて、子供の人格を無視するようになると、それは「害」となります。しかし、全く母性愛が失われてしまえば、子供は生きていくことはできないでしょう。「中庸」(平均とは違います)を保ってこそ、母性愛は子供の成長に真に貢献することができます。
節制の天使はまっすぐに立っており、その水は杯から出ることがありません。胸元の三角形も額の円も「均衡」を表しており、水は絶えないけれども、溢れない状態を保っています。
「死神」の次に来る「節制」は、「死神」の停止を乗り越えたものです。
化学の世界において、「平衡状態」と呼ばれる状態があります。乱暴な説明をするなら、これは、見た目の反応が停止した状態ですが、何も起こっていないのではなく、出て行くものと、入ってくるものが完全に釣り合った状態です。
「個々」の要素は変化しながらも、全体としては不変の安定を保つ。「節制」の天使の水は、そう言った自然の「摂理」「循環」も表しています。
正位置の節制「『なんでもない』ことのかけがえのなさに、あなたは気がつけるかしら」
メーテルリンクの『青い鳥』では、幸せの青い鳥は元の家にいました。今もし、あなたがこの記事を自分のスマートフォンやパソコンで見ているのであれば、あなたは世界トップクラスで平和で豊かな環境にいる人です。
正位置の節制は、あなたの「退屈」「平凡」が「平和」と「安定」という恩寵に満ちたものであることを知らせてくれています。
大きな病気になった人は、健康のありがたみを知ります。大切な人を突然の事故で亡くした人は、それまでの日々の喜びを知ります。
幸せとは、そういった「カウンター」でしかないのでしょうか?
「あなたの『なんでもない』今日は、決して戻らない命の1日なのよ。」
わたしたちの体は、昨日と同じに見えて、かなりの数の細胞が入れ替わっています。そして、十年前のあなたと、今のあなたの姿が違うのは、変化しないものなどなく、平衡状態を保ちながら、緩やかに変化をし続けているからです。
目を閉じて、胸に手を当てれば、あなたの休みなく動く心臓の鼓動を感じるはずです。
水道から出る水が冷たいのは、あなたの手の中を熱い血が巡っているからです。
何をしても、してなくても、あなたの命はあなたを生かすために24時間休みなく動き続けています。
あなたが今持っているもの、目にしているものの恩寵を感じてください。あなたが幸せになる理由も、誰かに幸せを証明する必要もしてもらう必要もないのですから。
このカードからのアドバイス
一般的なアドバイス
あなたの感じることを大切にしましょう。
あなたは今一度に、多くの情報を並べすぎているのかもしれません。失敗したくないという恐れ、周囲への気遣い、経験者からのアドバイス、これまでの体験などなど。あなたは問題に対して一生懸命考慮をし、慎重に行動しようとしているかもしれません。
慎重さ、多角的にものを捉えること、どちらもとても大切なことです。ですが、「あなたの感じること」「あなたの感受性」を、あなたは大切にすることができていますか?
節制の「中庸」とは、たくさんの人の平均値ということでも、常識ということでもありません。あなたの魂だけが答えを知っている過不足のない状態です。頑なに他人を拒絶する必要はありませんが、あなた以外の誰も、あなたの本当の心の声を拾い上げることはできません。
目を閉じて、ゆっくりと呼吸を整えて、久しぶりに、あなたの息の音、心臓の音、流れる血の温度を感じましょう。
止まっているようで動き続けるあなたの命を感じましょう。
あなたがあなたの感じることに目を向け、リラックスした心で物事に臨むことができれば、問題は自ずといい方向に転がるでしょう。
恋愛向けのアドバイス
相手への愛そのもの、あなたの心から湧き上がる愛そのものに浸ってみましょう。
恋愛が苦しくなるのは、相手の気持ちをあなたが「測定」しようとする時です。
実験によって帰納法的に答えを導き出すことは、近代科学の常套手段ですが、これは、未曾有の疫病の流行や、政情不安、既存の宗教に対する不信感などが生み出したもので(ガリレオの同時代の人にルターや、シェイクスピアがいたことを考えると、近代科学の目覚めは決して幸福な出来事ではなかったと伺えるのではないでしょうか)、「ぼくのことどれぐらい好き?」という質問が愛らしいのは、自分が愛されていることに疑いを持たない子どもだけです。
相手に何かをすることで愛情を「与えよう」としたり、相手からの行為で愛情を「測定」したりするのをやめて、ただただ、あなたの心から湧き上がる愛そのものに浸ってみてください。
別のページでも書きましたが、神や貴人に自らを捧げる神聖なる巫女は、無償の愛も、献身も理解しない不遜で善良な人が「対価」を支払ってしまったことで、「売女」になってしまいました。
あなたがその人に惹かれるのは、あなたの心の自然な動きです。どうか今は、何か行動を起こしたり、何かを判断しようとしないで、あなたが誰かを愛せること、その人への愛情そのものに自分を浸してください。
あなたが誰かを愛せる素晴らしい人だということを、まずは思い出してください。
お仕事・転機に向けてのアドバイス
あなたの「お仕事」に対する純粋な思いを思い出してみましょう。
ハンナ・アーレントは「人間の条件」のなかで、私たちが日本語で「しごと」と呼んでいるものを、自己保存のための「労働」、製作者としての「仕事」、直接人と人とが関わり合う「活動」の3つに分けて説明しました。
あなたにとっての「しごと」はどの面が大きいのでしょうか。例えば、あなたにとって、「しごと」が、「食い扶持を稼ぐ」ための「労働」の側面が大きいのであれば、あなたは短時間でたくさんのお金を稼げるようなモノを選べばいいということになります。
あなたの「製作するモノ」であなたを表現する「仕事」に従事したいのであれば、お金よりも、あなたに取って満足のいく「作品」を手がけられることを優先すればいいということになります。
この3分類は一例ですが、ちょっと、世間の常識やら何やらから頭を外して、あなたがお仕事で何を大切にしたいのか、あなたの心に問いかけてください。
静かになれるところで、目を閉じて、今のあなたの思いに集中してください。
ゆっくりと呼吸をして、久しぶりに、ずっと動き続けているあなたの健気な心臓の音や、血液の流れを感じてください。「中庸」とは、世間ではなく、あなたの中のバランスが取れた状態なのですから。
インデックスページに戻る
参考画像・文献
ウェイト版の図柄
By パメラ・コールマン・スミス Holly Voleyによる1909年版のスキャン画像。ファイルは http://www.sacred-texts.com/tarot/ より
マルセイユ版の図柄
By Jean Dodal (http://www.tarot-history.com/Jean-Dodal/) [Public domain], via Wikimedia Commons
コメントを残す